“そして僕は答えを出した。
妻が残した僕にとって最も重要な、恐らく妻にとっても最も重要だったものとは、僕自身であると。
僕らは考え方、価値観、生き方、その全てに影響を与えあい、既に十分に混じり合っていた。僕らはもう、ひとつで、その裏表だった。妻の言葉の意味をやっと理解できた気がした。
僕は妻を失った訳ではなく、僕(そして妻)の半分を失ったのだ。僕と妻は半分になりながらもひとつとしてここにいる。残りの半分も消すことは、妻のことももう一度殺すことになってしまう。そんなことはできない。
いつも空から見守っているだとか、心の中にいるだとか遺志を継ぐだとか、そんなことでは納得できなかった僕の厄介なリアリズムを、いとも簡単に丸め込む説得力がそこにはあった。
これから僕は再び生きる意味をみつけた。生への執着を取り戻した。あとは簡単だ。今までどおり二人で格好よく生きていけばいいだけだ。
”
“ 思えば、30年近くサラリーマンをやってきて、自分はこれまで文字通り「サラリーを得る」ためだけにしか働いてこなかったのではないかと痛感した。サラリーを求めず働いてみることで、働くことの本当の目的とは何かを考えてしまった。
答えは人それぞれだと思うが、私は何らかの「喜び」を感じることだと思う。
喜びの感じ方も多種様々だ。働くことで誰かの役に立ち喜んでもらいたいと思うことだったり、多くの人と力を合わせて一人ではできないことを成し遂げることだったり、同じ志を持った人と出会えることだったり、そうやって障害を乗り越えていくことだったり・・・。
その過程で手ごたえを感じ、喜びを感じることが働くことの本当の目的ではないか。
実に素朴な感想だが、ボランティアに行って額に汗してみたら、それが実感できるのだ。 ”
“ ネガティブ状態の日本人は「行動しないで済むためにあれこれ考える」ことが多く、ポジティブ状態の日本人は「あれこれ考えないで済むために行動する」ことが多い。 ”
Rauru Blog » Blog Archive » ネガティブ vs ポジティブ (via ayanamist) (via yaruo, sandman-kk) 2008-06-24 (via gkojay) (via nakanohajime)
先日、北海道カラーユニバーサルデザイン機構(北海道CUDO)のイベントで、「色覚体験ルーム」というのを経験した。特殊な分光特性を持つライトに特殊な光学フィルタを被せたものを照明として使用しているその部屋の中では、一般型の色覚の人でも、P型(1型)やD型(2型)色覚の人と同様に色が見えてしまうのだ。つまり、特定の色の組合せにおいて、色の区別がつかなくなってしまう。こんなすごいものをよく作れたと思う。その部屋の中でいろいろなものを見たが、裸眼で色覚体験を行うのは、シミュレータを使ってディスプレイ上で見るのとはまた違った臨場感がある。貴重な体験だった。
部屋の中に…
“ 「そして、もっと広くいろいろなものを見ていかなければならないと思っています。押し付けられている価値観が正しいというのではなく、自分の中で価値観をもっていかないといけないのかなと。僕にとっても、福島の人にとっても、国民にとっても、この大きな震災は、それぞれ自分がすべきことを考えることができる最後のチャンスなのではないでしょうか。日本はここを逃してはダメなんじゃないかとさえ、思えてきます」。 ”